46人が本棚に入れています
本棚に追加
/202ページ
そこは、人の息遣いを拒む領域であった。
大地から迫立つ巨大な連峰、その中腹。
気の遠くなるような過去の戦争において地中深くに没した《機械遺跡》の内部は閑散とし、物言わぬ骸と化している。
本来であれば誰一人……いや、生ある者が存在するはずの無い、絶対的な静謐に満ちた薄暗い通路の中。
しかし今、そんな静けさを切り裂いて――
「ぎいいいやああああああっ!」
「うううひいいいいいいいっ!」
大音量の悲鳴が二つ。
甲高い靴音を忙しく響かせながら、機械遺跡独特のすれた空気の匂いを掻き分けるようにして走り抜けた。
光量に乏しい遺跡の内部だ。
全体的に視界は悪い。
足元だってよく見えない。
そんな悪条件下で、神楽坂 鋼(かぐらざか こう)は、必死に逃げ回っていた。
癖のある黒髪の下に、精悍な顔付きを引っさげた青年だ。
ポケットの多い黒の多機能パンツと、やはり同色のジャケット。
衣服の上からでもそれと分かる鍛えられた肉体はスラリと細身で、強靭な脚力で硬い通路を次々と踏みつけては全力疾走に体力を費やしている。
年齢は、二十にギリギリ届いていない頃だろうか。
まだどことなく幼さの残る顔立ちではあるが、反面、このくらいの年齢に見られる甘えや弱さは微塵も感じられない。
むしろ、切羽詰った表情の中にも引きずる剣呑な輝きが、緩慢な日常には見向きもせず、危険とスリルを好む人間独特の危うさを感じさせた。
そして――。
そんな彼の危うさを引き立てているのが、ジャケットの裾から伸びる右腕だった。
余分な肉を一切殺ぎ落とした細身の左腕に比べ、それは鈍色(にびいろ)の――人の腕を模した機械の右腕、《機甲義体(オート・アームズ)》。
その腕は、肩から先の全てが機械で構成されている。
最初のコメントを投稿しよう!