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「よっしゃ、いつもよりは早いな」  13回目のキックをエンジンに叩きこんだところでやっとエンジンがかかり、土左衛門になりかけだった人が救出され、水とともに僅かの空気を嗚咽するかの如く、煙を吐き出したのを見て歓喜の声をあげた。  原動機付き自転車。『原付』と呼ばれるコイツは冬の季節は機嫌が悪い。何かあると臍を曲げ、エンストという形でドライバーに喧嘩を売ってくる。おまけに、普通の二輪車とは違い、法定速度は30km。三車線以上で右折するときは二段階と面倒くさいことこの上ない。だが、いまさら二輪免許を取るというのも面倒なので、自宅からバイト先までの20kmほどを原付で通っている。  30分ほどで自宅アパートに到着した。途中の信号で案の定、原付が4回ほど喧嘩を売ってきた事を無にすればいつも通りの帰宅だった。見慣れた無骨なコンクリートのアパートの横を通り過ぎ、備え付けの割と広めの屋根が付いている駐輪場の隙間に原付を滑り込ませた。走行中はずっと、二週間前に別れた彼女のことを考えていた。あのときも嘘が原因だったことを思い出し、もうこの事を考えるのは止めようと今日最後に来店した珍客について考えた。だがどうしても彼女の最後に見せた顔がチラつき、思考がループしてしまうという様だった。 「ただいまーっと、ま、誰もいねーけど」    アパートの二階角部屋の210号室にカードキーをうやむやに突っ込み、扉を開けた。
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