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打算な考えもあったかもしれないが、別段に『君の瞳に乾杯』的な言葉を言うつもりはなかった。確実にあの熊はそんなプラスイメージの存在ではなく、マイナスのイメージの存在だろう。だが、そう考えた方が楽しいのは確かだった。ただ、物語を与えたかっただけかもしれない。
「そんなロマンチストの一(にのまえ)君は、このあと彼女と過ごすんでしょ。一君みたいに私の中でブーツインが似合う男の子って貴重なんだよ。いーなぁ、一君の彼女」
「ええ、まぁそんな感じです」嘘をついた。
「店長だって彼氏さんが待ってるんでしょ」
「まね。でも若い子には華を持たせないとね。後は私がやっつけておくから、一君は先にあがっちゃっていいよ」
「え、でも、そんな」
「いーから、いーから」
店長の細い腕に背中を押されながら、心には罪悪感と名残惜しさが漂っていた。
「今日は、お疲れ様。じゃ、しっかりね」
何が楽しいのか、含み笑いをしながら柔らかい笑顔を浮かべている。
「オツカレーッス」
自分でも驚く位それは無機質な、感情が空の声だった。自己嫌悪が心に染みだしているのを感じて、自分が人間であることを確認させられる。バイト先、雑貨屋『フィルサニア』の扉を閉め、足を駐輪場へ向けた。
何かと嘘をついてしまうこの性格がキライだった。嘘をついて好転したことなど今まで皆無だったはずなのに。俺は自分がキライだ。
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