三ノ刻 肉塊

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三ノ刻 肉塊

知り合いから聞いた話。 兄とは三歳離れていた。 成績が良く穏やかで物静かな兄。 自由奔放で活発だが真面目とは言えない弟。 対照的な二人だが同年代の友人よりも仲の良い兄弟だった。 兄が自動車免許を取得すると二人で色々な場所へ出掛けた。 両親は兄には優しい、問題ばかり起こす自分とは衝突してばかりだった。 兄はアイツはそんな奴じゃない、根は優しい奴だ、もっと優しくしてやれと庇ってくれた。 普段は物静かな兄だがそんな時は声を荒げた。 両親と喧嘩をすると決まって兄はドライブに誘ってくれた。 雪が今にも降りそうな、鈍色の雲に覆われた寒い夜だった。 対向車の大型トラックが猛烈な勢いで突っ込んで来た。 目が眩むヘッドライト、轟音、味わった事の無い衝撃。 足が焼ける様な感覚と吐き気を催す程の痛み。 断続的に意識を失っている様子。 運転席は比べ物にならない程に破壊され潰れていた。 兄は即死だった。 一命は取り留めた。 しかし、砕けた背骨の破片が脊髄に入り込み手足の感覚や動作に支障を来す身の上となった。 感覚が鈍い為に上手く動かせない、日常生活の当たり前に出来ていた事が出来ないのは想像した事も無い程に惨めで苦痛だった。 両親は兄が亡くなって以来、一層冷たくなった。友人達も腫れ物を扱う様な態度だったり、無神経な言葉を浴びせられたり、恢復を望む優しい言葉にも応えられず八つ当たりの様な苛立ちを覚えた。 一生治る見込みは無い、そう告げると呆気なく恋人は去った。 壁、周囲との間に高く聳え立つ壁を感じた。 街を歩けば見ず知らずの人間が憎い。 幸せそうな笑顔や愛情、華やかなモノは壁に囲まれた自分には二度と手には入らないのだと思った。
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