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五ノ刻 川音
知り合いから聞いた話。
出張先の宿泊施設は民宿だった。
柔和な雰囲気の老夫婦が営んでいて素朴な風情の外観と新鮮な山海の食材を使った料理が何とも言えない魅力だった。
滞在は一週間。
最後の晩の事だった。
翌日は東京に帰りそのまま帰宅という事もあり、夕食後は地酒で晩酌をする。
酔いも手伝い、何時の間にか寝入っていた。
さらさらと微かな川のせせらぎで目覚めた。
今まで聴いた覚えは無いのに妙だなと酔いが残った頭で考えていた。
せせらぎに混じり部屋の中で足音がする。
障子の向こうで何者かが行ったり来たりしている。
障子が開き、吐き気を催すような腐敗臭が部屋に立ち込めた。
微かだった水が流れる様な音が大きくなり、何者かが部屋を回る様に歩き出した。
薄目を開ける。
電気を消し忘れた部屋には民宿の主人がうろうろ歩き廻っている。
主人は口から大量に何かを吐き出しそれがさらさらと音を立てている。
思わず短い悲鳴を上げる。
主人が此方を向く。
口からは大量の米粒の様な物を吐き出している。
水が流れる様な音を立てて吐き出す。
米粒の様な物は蠢いている。
主人は無表情に近寄って来る。
蛆虫。
大量の蟲が顔に降り注ぎ這い回る。
気付いた時には蟲も主人も消え失せていた。
悪夢だと思った。
帰り際、主人が笑顔でまたお越しくださいと言った時にあの腐敗臭が主人の口から漂ってきた。
数日後、耳が痛いので耳鼻科で診察を受けた。
耳朶の内部は炎症を起こしていた。
蛆虫が一匹入り込み内部で死んだ為に起きた炎症だった。
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