風待陽子と島津絵里

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現在の時刻は、およそ四時といったところだろうか。 担任教師のホームルームがつつがなく終わり、陽子と島津さんは鞄を肩にかけて談笑しつつ歩いていた。 そして学校の正門近くにさしかかったとき、陽子は島津さんに尋ねたのだ。 数学を教えてくれないか、と。 今日行われた数学の授業がさっぱり理解できなかった陽子は、島津さんに教鞭を執ってもらおうと画策したのだ。 嬉々として数学の教科書を取り出そうと鞄を開けて―― 筆箱の消失に気がついたのだった。 風待陽子は、水無高等学校に一ヶ月ほど前に入学したばかりのまだ右も左も分からない新入生だ。いや、だったというべきか。 入学当初こそ、見知った友人もおらず慣れない高校生活に戸惑うばかりだった陽子だが、なんてことはない。ほんの一、二週で高校生活に適応してしまった。 それは、後ろの席に座っている小柄な女の子が話しかけてくれたおかげだろう。 一人寂しくお弁当をむさぼっていた陽子に「その卵焼き、美味しそうね」と話しかけてくれたおかげだろう。 それ以来、昼休みになると机を合わせてお弁当を食べるようになり、一緒に下校するようにもなった。 島津さんの存在は、陽子が感じていた「高校生活への不安」を拭い去ってくれた。 ――別の意味で不安を感じてもいたのだけれど、それはまた別の話。
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