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「なぁ、知ってるか?」
「え?何さ?」
眼下にはうだるような熱さの陽炎と、銅を含んだ赤茶けて荒涼とした大地が広がる。そこに目を休める緑はない。
「正義は時に悪であるんだ。だから我らは何をしても、罪を重ねる。正義が強ければ強いほど、それは強力な刃となり、人を傷つける悪になる。」
そう、男性は遠くの人垣を眺めながら呟いた。明らかに隣の少女に向かって言われた言葉だが、少女にそれは届かない。
少女が聞き返したのは、別段会話の内容が気になったからではなく、なにかボソボソ話す父親を糾弾するためだ。
「え?何だって?」
もう一度そう聞き返すと、少女の父親は横目でチラッと流し見て「もうよい。」と、少し声を張って答えた。そして腹のあたりで持て余していた手で、少女の頭を優しくなでる。
少女は浅黒いはだに、少し照れの色を混ぜながら視線をそらした。そしてまた父親と同じ方向に目をむける。
激しい音が鳴り響く戦場の中で、敵を見ない愚か者は、真っ先に命を落とす羽目になる。
耳はほぼ当てにならない。銃弾の飛びかう荒野は風がしっきりなしにふいてる上に、音を聞いたら最後、自分の命が消えている。
そんな中で話そうもなら、即、指揮官にはったおされそうなものだが、不思議と誰も注意するものがいない。
「父上、この国は大丈夫だよな?みんなが、守ってくれるんだから…」
「当たり前だ。そのために我らがいる…あんな奴ら、追っ払ってやる。」
その言葉の語尾には余裕の響きは無かった。男は眉間のシワをまた一本増やして、敵を見つめる。
透き通るような白
屋敷からあまり出さない娘よりも白い、そんな軍団だった。腕は女子供のように細く、兵士とは思えない。
男には、彼らが全員死人のように見えてならなかった。
「バサト様、おいでになったのですか。」
男は自分の名前を呼ばれ、視線だけをむけた。
「あぁ、ガーテンか。」
「バサト様は奥にいてください。ここは危険です。」
「てこずってるようだな…。心配して見にきたら、何だあのガリガリの兵士は。肉弾戦に持ち込めば終わりじゃないか。」
バサトは敵兵を一瞥すると、大げさにため息をついて見せた。
「我らの兵は、あんなやつらを前に一時間も防御し続けるほど、弱くなったのか?」
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