安寧

2/2
前へ
/51ページ
次へ
 遠くから蝉の声が聞こえる。空はどこまでも高く、どこまでも青く、どこまでも広がっている。  大層立派な屋敷の縁側に一組の男女が腰掛け、緩やかな時間に寄りかかっている。庭は手入れをされておらず、草木の生い茂る。誰ぞが、栄華は時により廃れるが、草木は時を経ても変わらないと詠んだか。  熱い季節が訪れたのだ。 「ようやく、夏ですね」 「君と同じ名。君の季節だよ」  二人仲睦まじく肩を寄せ合う。風が吹いては屋敷の中を駆け抜けた。  お互いの手を重ねる。女の右手には親指から中指までが欠けていた。男はその手に自分の手を重ねた。どちらともなく頬が緩む。  長い長い梅雨が明け、ようやく夏が訪れたのだ。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加