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六月十七日、午後一時二十三分。俺は死んだ。
「なんで……」
死んだはずなのに、俺の目の前には自分の意志で動かせる腕がある。足がある。
死んだはずなのに、体がある。
いや、それはいい。
俺は死んだが、生き返ったのだ。他の体を自身の魂の依り代として。
自分の両手を見つめる。
グレー一色染まった皮膚は先へ向かうにつれ細くなっている。そこには五本の指は存在しない。その代わりなのかはわからないが、皮膚が両腕ともふわふわでもふもふしている。まるで動物の産毛のような柔らかい毛だ。
足は腕よりも濃いグレーをしている。体毛は腕ほど多くはないが、五本あるはずの指が一本になっていた。
足を若干隠している腹は白く、こちらも体毛が多い。
この色合い……そして、この毛むくじゃらな体をしたものを、俺はつい最近見た記憶がある。というよりも、生き返った今でもその物体の感触が残っている。
記憶は今の体の正体を確信へと導いていく。その思考が答えへと近づけば近づくほど、俺の脳内はそれを拒絶しようと否定の思考を繰り返す。
しかし、隣にある自分と同サイズの鏡がその現実を否応なく突きつけてくる。
自分の全身を……現実を直視した瞬間、俺は――
「なんでぬいぐるみなんだーーーーーー!!」
もう、叫ばずにはいられなかった。
こうして、俺――――安藤弘人はぬいぐるみになった。
※ ※ ※
「行ってきまーす」
玄関からリビングにいる母親へ届くように大きな声を出して、俺は外へ出た。
「あっちぃ……」
五月の終盤という中途半端な季節だけに、気温は熱くなったり寒くなったりと忙しく表情を変える。
「早く夏服着れるようになんないかなぁ……」
この時期に朝から二十度以上あるのはさすがに堪える。しかもそれに拍車をかけるように紺色のブレザーは太陽光をこれでもかというほど吸収し、制服内はもはやサウナ一歩手前だ。
「でも脱ぐとなぁ……」
冬服のブレザーは意外と重く、手に持つとなるとかなり疲れる。それが嫌な俺には、結局暑さを我慢して着ていくしかなかった。
「こんな日に抱きつかれでもしたら……」
考えるだけで体感温度が高くなったような気がした。こういう日、あいつは悪魔だと思う。
「ヒロくーん!」
そんなことを考えていたら、早速悪魔の声が聞こえてきた。
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