運命が動いた日

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『ああ、よかった。見捨てられているのかと思ってしまいましたよ』 ゆっくりとした穏やかな口調で 言い、ずぼり、と土まみれの手――土かどうかは定かでない――が塊の中から出てきた。 「・・・・」 しばらくの沈黙。 まさかそのまま土の中から現れるなどとは、千晴ですら予想していなかったことだろう。 おちゃめ、などというかわいらしい域はとうに超えていた。 ようやく、池谷が呆れのため息とともに言葉をもらした。 「・・・ああ、中空洞んなってるわけじゃねぇのな。どろだんご姫」 『引っ張ってくださいまし。一人じゃでれませんの』 どろだんごというのが自分のことであるとは、思ってはいないだろう。 それ以前に、どろもだんごも知らないかもしれない。 そう考えれば、もはやため息しか口からは出てこなかった。 それから姫は、ガスマスクもどきのものをかぶってどろだんごの中より生還した。 「どうもありがとう。私、魔王から逃げてきたんですよ」 そう言って、やはりゆっくりとした動作でマスクを外した。 顔ははっきり言って、普通であった。 こういう時、姫といえばきれいな顔立ちを予想させるが、実際の現実はこんなものである。 目は小さめではあったがその分まつ毛は長く、きれいにカーブしているのが印象付けられる目元に、少し低めの鼻。桃色のグロスを塗りつけたような唇は厚く、笑みを引き立たせていた。 これといった欠点はなかったが、取り立てて良いというところもない。 至って普通である。 下手をすればヨウコの方が姫らしいかもしれなかった。 「ああ、でも急がなくては、すぐに見つかってしまいます」 「やっぱり急いでいるんだね?」 「ええ。追われているんでけれど、こうして逃げるのが精一杯で・・・、どうしましょう」 姫は少しの間千晴たちをそれぞれ見回して、それぞれの手にあるものを確認した。 千晴の手にはオーダーメード物のスプーンとフォークが今だにしっかりとにぎられており、池谷も先程なくしたと思っていた高価なタバコの一本が袖口に引っ掛かっていたのを見つけたところである。 「とにかく、ここは危険なので避難しましょう」 そう言ったヨウコの手にも、あのレンタカーの古いキーと護身用の―妙に年期の入った―スタンガンがあった。 「…いいえ、逃げるのはやめますわ」 姫がそう言い、先に丸い飾りのついたボールペンのような形の細い棒をおもむろに掲げる。
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