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兵の姿はもう居ない。多分もう襲い尽くして此処には用が無くなったんだろうとディアルは考えた。
そうなると、実家はもう手遅れになっている可能性は大である。
暫らく走ると自分の家も見えて来た。しかし、案の定家は炎に包まれ手の打ちようが無くなっていた。
「お母さん」
何時の間にか顔を上げていたシュリは今にも泣き出しそうに呟いた。
ディアルはシュリを背中から降ろすと入り口まで走って行く。
「っ!!」
家の扉は開け放たれ、そこから奧の部屋に目を向けると、背中を斬られた母親が横たわっていた。
「助けに行ってくる」
ディアルは後ろを向かずにそう呟き走り出そうとしたその時、シュリから服を掴まれ炎の中に飛び込む事は出来なかった。
「離せ、アシュ!まだ助かるかもしれないんだ!」
「私を一人にするの?」
必死になって言うディアルだったが、シュリの言葉を聞いて愕然とする。
まるでその言葉は、ディアルが今から死んでしまうと確信しているような台詞だったからだ。
次の瞬間だった。炎に包まれた家はビシビシとひどい音を立て、黒くくすんだ柱が折れて屋根が落ちて行く。
熱風が二人に吹き付け、ディアルは熱風がシュリに当たらないように背中で防いだ。
潰れた家を改めて見たディアルは呆然とし、シュリに何を言えば良いのか分からなかった。
母親を助け出しはしたかったが、もしこのままディアルが家の中に入っていれば、母親共々灰になって朽ちるところだった。
母親を失った今、シュリに『ありがとう』と言う事も出来ないし『なんで止めたんだ』と責める事も出来ない。
ただ、シュリの前で母親を失った悲しみと、守ってあげられなかった悔しさで溢れた涙を流すだけだった…。
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