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「兄さん、西洋人と思われるお客様方が来ているのですが……」
「西洋だと……?」
「ええ、何でも此処で一番香りの良いお茶を御希望のようなのですが……」
耀は腕を組み、菊を見た。
「菊、これから言う事をよく聞くある」
菊は何を言い出すのかと思ったが、兄の顔が余りにも真剣だったので、聞き入れることにした。
最も、兄は自分よりも遥かに長く生きているので、信じるほかないのだが。
「菊、我は一度だけ西の国に行ったことがある」
「何の為に……?」
菊が問うと耀は溜め息を一つ吐き、吐き捨てるように、しかし小声で言った。
「奴隷として、西の国に行ったある」
…………奴隷。
菊の胸に、その単語だけが木霊した。
耀は続ける。
「あの時はまだお前と暮らす前でもあったし、何より我も幼かった。そんな時、我は唯一人西から来た奴等に連れて行かれたある。それは海賊かもしれない。もしかしたら、その客も自分達の仲間ににする人間を探しに来たのかもしれないある」
「で、でも……あの人達はその様には見えなかったのですが……」
菊は思わず反論した。しかし耀は答えた。
「問題は顔じゃないある。菊、いいあるか。何が何でも騙されるんじゃねぇあるよ……」
「……はい、分かりました。気を……付けます」
菊がそう答えると、耀は柔らかく笑い、菊を頭を撫でた。
「それでこそ、我の弟ある」
その笑顔につられ、菊も微笑んだ。
「さて、幾らムカつく奴等とはいえ、客は客ある。菊、棚から七番と十一番の茶葉を持ってくるある」
「はい!」
店の奥は甘く、香ばしい香りに包まれた。
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