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「お待たせしました」
菊は、彼等の前にそれを差し出した。
「わぁ、めっちゃええ香り!!こんなん初めてや!!」
最初に飛び付いたのは、アントーニョだった。先程と同じ様に緑眼を輝かせていた。
「俺達の知ってる紅茶とは違うけど、これはこれで良いね~」
フランシスも同じ様に率直な感想を述べた。
一方、アーサーの方はあれから一切口を開かず、立ち込める湯気を眺めながら椀の淵をなぞっていた。
彼が茶を口にしたのは湯気も出なくなり、すっかり冷めてしまった時だった。
その時菊は、何ともいたたまれない雰囲気に飲み込まれそうになるのを必死に堪えていた。
手には無意識に汗が滲んでいた。
アーサーは結構な時間を掛け、漸く手の椀を置いた。菊はごくりと唾を飲んだ。
「美味かった」
……え。
菊は余りの反応に、思わず拍子抜けしてしまった。
「冷めてもその独特の香りを保ち、尚且つ味も悪くならない。流石のインドでも、こんな茶は出なかった」
「はぁ……」
「なあ、この茶の茶葉は今この店にあるか?」
意味が良く理解できなかったが、菊は素直に答えた。
「確かに、御座いますが……」
「差し支えなければ、それを売って欲しい」
アーサーは少し口を緩ませて言った。そこにアントーニョが口を挟む。
「ええ~、また買うん?昨日もあんなに買ったやん!お前ってほんまお茶が好きやな~」
「うるせぇ、お前も人の事言えねぇだろ。鉛玉でも喰らいたいか?」
「も~怖い奴やな~。冗談やって!」
そんな会話をよそに、フランシスが菊に囁いた。
「御免ね~、あいつ等いつもあんな感じだから。気にしなくてもいいからここは一つ、あいつに茶葉を売ってくれないかい?」
菊は取り敢えず、兄に聞くことにした。
「ちょ、ちょっと待ってて下さい」
菊は再び奥へ消えた。
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