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「は?辞める!?」 濃い色に染めた長い爪の人指し指と中指で、煙草を挟んだ女が言った。 顔にはあからさまな不機嫌を浮かべて。 髪の長い女だった。 黒い髪に赤い口紅が下品に映えていた。 仁史はこの女の素顔を見たことがない。 きっと化粧を落とせば全くの別人になるのだろう、と思ってはいたが、特に興味もなかった。 女は慌ててわざとらしい笑顔――あれを笑顔と呼べればの話だ――を作って、先程の不機嫌を取り繕うように言った。 「あっ、今の病院を辞めるっていうことね!そっかあ、仁史開業医になるんだあ」 仁史は静かに否定した。 「じゃあ別の病院から引き抜かれたとか?すごいね、仁史!」 女は尚も必死に、他の可能性にすがりつき、媚びるように言った。 仁史が他から引き抜かれる可能性など、無いに等しいことを、女はよく知っているはずだった。 仁史はごく平凡な医者である。加えてまだ、研修を終えたばかりの身だ。 仮に、万が一そういう話があったとしても、仁史が応じるはずはない。仁史の勤務するのは、父の経営する病院なのだ。 仁史は冷めたコーヒーを一口含んで、告げた。 「医者を辞める」 そして仁史は小さく音を立てて、グラステーブルにカップを置いた。
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