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重い瞼を上げると、見慣れた天井が映った。
仁史はもぞもぞと動き、壁の方に身体を向けて、また瞼を閉じた。
眠りの気配が、抜け切らなかった。
久しぶりに夢を見た。あの箱にしまっておいた記憶。
仁史は辞職してすぐに、今度はスタッフではなく患者として、元の職場に戻ることになった。しばらくはそこで大人しく過ごした。
しかし自分に残された時間がわずかだと悟った時、仁史の心の留め金が飛んだ。
――このままここにいたら、空との距離は開く一方だ。
病室を脱け出して、遠い場所で新しい人生をやり直そうと思った。短い人生を。けれども、自分自身の人生を。
それまでの自分には、蓋をして。
仁史は瞼を閉じてまどろみながら、雨の音を聞いた。
「……ソラ、また泣いているの?」
小さく呟いた。
顔を壁に向けたまま、うっすらと目を開いた。
「……どうして、泣いているの?」
答える者はいないと知りながら、独りごちた。
その時、ギ、と床の軋む音がして、声が降ってきた。
「あなたが心配だからよ」
仁史は反射的に顔を向けた。
ベッドの脇に、ソラが立っていた。
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