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仁史の問いかけに、女は少し考えるようにして、視線を斜め上に向けた。
くりくりとした可愛らしい目だった。しかし同時に長い歳を重ねたような思慮深さも感じさせる目だった。
仁史が女を観察していると、急に女が視線をこちらに戻した。
そして、
「ソラ!」
と、満面の笑みで言った。
仁史は、それが彼女の名前なのだろうと解釈した。
仁史は右手に持っていた筆の絵の具を布で拭き取り、洗浄液でゆすいだ。
「やめちゃうの?」
ソラが怪訝そうに尋ねてきた。
「今日はね」
と仁史は答え、パレットに残った絵の具も布で拭いた。
絵を描くよりも、ソラというこの少女――少女という年齢でもなさそうだが、仁史にはそのように感じられた――と話してみたいと思った。
仁史はソラに惹かれていた。
それは、いつも空を見上げるときに胸に感じる、何とも喩えようのない気持ちに似ていた。
違う点があるとすれば、彼女に感じる気持ちは、空に感じる気持ちよりも強いということくらいだった。
おかしな感じがした。
初対面である。名しか知らぬ。
なのに、もうずっと知っていたような気がする。
不思議な気持ちを抱えながら、仁史は画材入れの金具を、パチンと閉じた。
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