プロローグ

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「いいお兄さん。人の財物を故意的に盗んだら窃盗って言ってね、刑法235条の窃盗罪の量刑を受ける事になるの、意味分かります?」  まるで小馬鹿にしたような口調だったが、一つ一つの言葉に重みを感じて、思うような言い訳が出なかった。 「量刑は10年以下の懲役、または50万円以下の罰金になっているの。お兄さんはそんなお金をお持ちになってます?」  職を失って路頭を迷っている俺に、そんな大金なんてあるわけがない。ましてこのボロボロの身なりを見れば、誰だって一文無しと分かる事だろう。 「……まあ、いきなりそんな事を言われましても、どうしようもないですよね。ということで、今回は本人の承諾で“快い方が落とした財布を拾って届けてくれた”と、そういう口実にして下さるそうです」 「……えっ」 「なのでそのお財布は、私めに預けて頂けますか?」  何て心優しい方がこの世にいるのだと、嗚咽の涙が出てきそうで頭が上がらなかった。  自分の懐に隠した革財布を取り出し、申し訳なさそうに手渡そうとした瞬間、背筋に何か背徳感のような欲求が溢れ出た。 「どうかしましたか?」  俺は終始落ち着いているこの少女が、もしも仮にこの革財布の持ち主と、あたかも知り合いかのように演技していたとすると、俺は盗んだ物をまんまと盗み返されたという事になる。  それに良く見てみろ、相手はただのガキじゃねぇか。何でこんな子供なんかに胸倉掴まれただけで怯えているんだ、しっかりしろよ俺。
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