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『ねぇ、ムッツリーニって男の人が好きなの?』
そう、あのときそう聞いてしまったのがいけなかった。
僕は聞くべきではなかったのだ。
あの渇いた夏の日がいけなかったんだ。
唐突にそうたずねられたムッツリーニは一瞬驚いた顔をして、僕を見つめた。ふたりしか存在しない夕方の廊下はひどくしずかでムッツリーニにじっと見つめられて、なにとなく顔を逸らすと、康太は静かに言った。
『……誘ってるの?』
『はっ!?なにっ……ぅ、。』
ぎらりときらめく瞳が見えた瞬間に壁に押し付けられて、キスをされた。まったく力が入らない腕で康太を押しのけようとするけど、やっぱりそれは無理で、とにかく逃れたくて、しろい廊下の壁に手をのばした。しろい壁はただつるりとしていて、掴めなかった。その間にも康太はするりと指を絡めて俺の手と繋いだ。
呼吸もままならないのに手まで束縛されて、頭は酸素不足の看板をぶら下げて点滅している。まるで酸素の少ない水槽にいれられた金魚みたいだ。
廊下には誰も来なくて、運がいいのか、悪いのかよくわからないけど、静寂の中にいるのは苦痛だった。そっと目を開けばじっと康太がこちらを見つめていて、俺はなんだかこわかった。
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