あの日

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  心地よい春風が可愛らしい竜巻を造り上げ、地表に降り積もった桜の花弁を再度桜吹雪の様相へと成り変える。 桃色一色に染まった一角に一人ボンヤリと佇んでいると、自然とあの日の事が脳裏に浮かぶ。 そう。 あの日交わした約束の日。 十年の歳月を経て訪れた今日は約束のあの日。 「まぁ、覚えてないか」 少し自嘲気味に笑いながら、男はぼそっと呟いた。 「そっちこそ……忘れてると思ったわ」 男の呟きに反応するかのような間合いで、桜の樹の陰から姿を現した女は、口元を綻ばせて男に近付く。 「そうか……覚えていてくれたか」 「あら? そこは忘れてるのね。言い出しっぺは私なのよ」 「そうだったっけ?」 男は笑って女の肩を抱く。 「子供逹は?」 「実家に預けて来たわ。八雲なんて泣いちゃって大変だったのよ?」 「それはご苦労だったな……よし、たまには奮発して旨いモン食わせてやっか?」 「私……あの頃、よく食べたラーメン屋がいい」 十年前のあの日交わした約束。 そして今日は十年後のあの日となる。 『十年毎に二人で桜を見よう……』  
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