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「誠っ!」
例の如く返事はない。
外界とは違う、闇と静寂に抱かれた空間が眼前に広がる。使われなくなったボロボロのアーケードゲームの隙間を警戒しながら歩く。物音はなるべくたててはいけない。奴が隠れて奇襲を狙っているとすれば、自分の場所を知らせることになる。
「……?」
数歩先で何やら丸まっているものが、視界に飛び込んでくる。それは何やらもそもそと芋虫のような気持ち悪い動きをしていた。
―――トラップか?馬鹿め、人間ごときの原始的な攻撃がこの私に通用するとでも思っているのか。
―――ん?縄に縛られて………
約ニ秒後、私はあまりの失望感と嫌悪感とともに、ぐったりと奴の名を再び口に出すこととなった。
「…………誠………」
「やぁ!おかえりレイカさん!」
トラップだと思っていた、縄でくくられたまま妙な動きをしていた物体はコイツ、遊木 誠(ユウキ マコト)本人だった。見れば見るほどマニアックな縛り方にしてある。
「…………例によって、誠、お前は一体何をしている」
「よくぞ聞いてくれました!どうですこの新しいタイプの縛り方!これ一人でするのすっごい大変だったんですよ!!そこから!そこからがこだわりポイントなんですよレイカさん!」
「はあ」
「レイカさんがいつも通るルートと、そこへ行くにあたっての歩数を計算しました!とは言っても、そこへ移動するまでが大変でして……今回、背中をダイレクトに踏んでくれる予定だったんですよ……残念……」
―――コイツ…今、嬉々として、私に踏んでもらうという訳の分からない作戦を立てて、縛られて(否、自分で縛って)転がっているコイツ、誠は、今みてもらったように、後戻りできない段階までいってしまわれた被虐嗜好者、もとい変態、かつ私のストーカー、かつ私の同棲(?)相手でもあり、そして私の正体を知っている唯一の人間であったりする。
「…………この…社会のクズがぁああああぁぁぁ!!!!!!」
私の憤怒の絶叫とともに、電気も通ってないゲームセンターに眩い程の光が宿る。
「このクソ袋が!!なるべく苦しんで死にさらせ!!」
「最高……もっと罵っ」
「だ、ま、れ!!」
癖のある黒髪、スラッとした長身、黒ぶち眼鏡の奥で光るまどろんだような瞳。黙っておけば結構いい男なんだが、口を開けば距離を置きたくなる位気持ち悪いことしか言わない。
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