173人が本棚に入れています
本棚に追加
《6日前》
「アホかお前、そりゃ男に決まってるよ」
珍しく、さほど親しくもない先輩に誘われ、さほど好きでもない焼酎を酌み交わす。
話題に困窮し、笑い話のつもりで切り出した、昨夜の出来事。
「試しに一回覗いてみろよ」
下品に笑い、ヤニで黄色く濁った前歯をさらけ出していた。
「それって、最低じゃないですか?」
カエデを疑ったことなど一度も無い俺にとって、先輩の言う行為は、酷く醜く、そして情けない事に思えた。
「普通、そんな夜中にメールなんか来るか? ははっ、見ちまった方が、スッキリするぜ?」
この人は、自分の彼女にもそうなんだろう。大体、よく知りもしない後輩の、それも彼女に対して、こんなデリカシーの無いセリフを言える神経を疑う。
「そもそも女なんてなぁ……」
酔いも回ったのか、周りのざわめきが気にならない程大きな声で、意味の無いクダを巻き始めた先輩。
これ以上付き合うのは、苦痛以外の何物でもない。
「先輩、明日も仕事だし、そろそろ……」
「あ? じゃあキャバクラ……いや、風俗にすっか?」
ニンニク臭い息を撒き散らし、俺のうなじに腕を巻きつけふらつく。
既にただの酔っ払いでしかない男を、やっとの思いで振り切り、俺は電車に飛び乗った。
>>今日は忙しかった~。
夕方から急患が立て続けで、もう大パニック!
電車に揺られ、開いた携帯には、カエデからのメール。
着信は二時間前だ。
>>返信遅れてごめん。
会社の先輩に付き合わされてて、メールに気付かなかったよ。
もう寝ちゃった?
ゲスな先輩と過ごした無駄な時間、忘れるためにも、せめて電話でカエデの声を聞きたい。
「十時か……」
電車を降りても、カエデからの返信は無い。
仕事で疲れていたようだし、もう寝てしまったのだろう。
「あれ?」
着信を残し、ワンコールで切るつもりだった。
「珍しいな、圏外だ」
仕事中は携帯を切っているカエデ。恐らく、俺にメールした後、充電もせずに寝てしまったのだろう。
>>おやすみ。
これを見る頃はおはようか(笑)
もう一度メールをし、携帯を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!