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《5日前》
明日は非番、泊まりに行くというカエデからのメールに、仕事を早めに切り上げる。
「土鍋を出しておいてね」
手料理の約束に、俺のテンションは上がっていた。
適当に飲み物を買い込み、冷え切ったドアをくぐる。カエデの存在が無ければ、ただ寝るだけの空間でしかないこの部屋も、気温とは関係のない温もりに満ちていた。
「土鍋、土鍋っと」
キッチン下の物入れ、普段はほとんど開ける事もないスペースは、彼女がいない頃の俺そのものだ。
缶詰め、インスタントラーメン、レトルトカレー……。
カエデと付き合い始めてからは、殆ど手を付ける事もない。
「うわっ、ホコリだらけだ」
ようやく引っ張り出した土鍋を、きれいに洗い終えた頃に、買い物袋を抱えたカエデがドアを開けた。
「おいしかった?」
「うん、最高!」
食後、缶ビールで乾杯をし、軽くキスを交わす。
「ん……」
そのまま肩を引き寄せるが、体を捩らせてカエデが腕の中から逃げていった。
「ごめん、今日アレなの」
陽気に笑い、後片付けを始めたカエデ。
(あれ? そうだっけ?)
いっそ、生理なんかこなければ、結婚の踏ん切りが付くのだろうか。
2人でゲームをし、録画していたバラエティー番組で笑い、気が付くと12時を過ぎていた。
ベッドに寝そべるカエデも、ウトウトし始めている。
「電気消すよ」
聞こえているかも分からない、返事も無いのを確認し、俺もベッドへ潜り込んだ。
…………。
「ん?」
眠りに着いて、どれくらいたっただろう。甲高い金属音で目が覚める。
ガラステーブルに置かれた、カエデの携帯が着信を知らせた。
「メール?」
固いガラスの上で振動する携帯は、目覚まし時計さながらだというのに……。
カエデはピクリともしない。
「やれやれ」
LEDの光は、相変わらず俺に眠るのを許していない。
起き上がり、携帯をカエデのバッグへ放り込んだ。
(ったく、こんな時間に)
一瞬、先輩の言葉が頭をかすめる。
(カエデに限って)
無理やりかき消し布団を被るが、今度はそれが気になって寝付けない。
疑ってはいない、これは眠るため。
俺はカエデの携帯を手に取る。
メールの送信者だけ確認できれば。
きれいにフォルダー分けされたメール。
ハートの絵文字のフォルダーに、1が記されていた。
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