メール

4/5
前へ
/5ページ
次へ
《5日前》 明日は非番、泊まりに行くというカエデからのメールに、仕事を早めに切り上げる。 「土鍋を出しておいてね」 手料理の約束に、俺のテンションは上がっていた。 適当に飲み物を買い込み、冷え切ったドアをくぐる。カエデの存在が無ければ、ただ寝るだけの空間でしかないこの部屋も、気温とは関係のない温もりに満ちていた。 「土鍋、土鍋っと」 キッチン下の物入れ、普段はほとんど開ける事もないスペースは、彼女がいない頃の俺そのものだ。 缶詰め、インスタントラーメン、レトルトカレー……。 カエデと付き合い始めてからは、殆ど手を付ける事もない。 「うわっ、ホコリだらけだ」 ようやく引っ張り出した土鍋を、きれいに洗い終えた頃に、買い物袋を抱えたカエデがドアを開けた。 「おいしかった?」 「うん、最高!」 食後、缶ビールで乾杯をし、軽くキスを交わす。 「ん……」 そのまま肩を引き寄せるが、体を捩らせてカエデが腕の中から逃げていった。 「ごめん、今日アレなの」 陽気に笑い、後片付けを始めたカエデ。 (あれ? そうだっけ?) いっそ、生理なんかこなければ、結婚の踏ん切りが付くのだろうか。 2人でゲームをし、録画していたバラエティー番組で笑い、気が付くと12時を過ぎていた。 ベッドに寝そべるカエデも、ウトウトし始めている。 「電気消すよ」 聞こえているかも分からない、返事も無いのを確認し、俺もベッドへ潜り込んだ。 …………。 「ん?」 眠りに着いて、どれくらいたっただろう。甲高い金属音で目が覚める。 ガラステーブルに置かれた、カエデの携帯が着信を知らせた。 「メール?」 固いガラスの上で振動する携帯は、目覚まし時計さながらだというのに……。 カエデはピクリともしない。 「やれやれ」 LEDの光は、相変わらず俺に眠るのを許していない。 起き上がり、携帯をカエデのバッグへ放り込んだ。 (ったく、こんな時間に) 一瞬、先輩の言葉が頭をかすめる。 (カエデに限って) 無理やりかき消し布団を被るが、今度はそれが気になって寝付けない。 疑ってはいない、これは眠るため。 俺はカエデの携帯を手に取る。 メールの送信者だけ確認できれば。 きれいにフォルダー分けされたメール。 ハートの絵文字のフォルダーに、1が記されていた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

173人が本棚に入れています
本棚に追加