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《4日前》
俺の意識は、一日中昨夜の事に支配されていた。カエデの携帯が受信した一通のメールに。
メールを読んではいない。すぐに携帯を閉じ、バッグに放り込んだのだから。
友達、家族、仕事……カテゴリー別に分けられた受信ボックス。
四つ目のボックスは、ハートの絵文字。
未読のメールは、四つ目の受信ボックスだった。
つまり、あの時間にメールしてきた相手を、カエデはハートマークにカテゴライズしているのだ。
(まさか……)
友人でも家族でもない、寝ていた俺でもない人間。
ハートマークで表される存在。
「ああーっ!」
頭をかきむしり、無意識に発した叫び声に、周りの人間が驚きの目を向けた。
まるで汚物を眺めるその目。地下鉄のホームに吊された、古びた蛍光灯のまばたきは、俺から現実味を奪っていた。
(はは、そうさ。きっとあれは夢だったんだ。カエデが浮気なんて……)
夢だったのは、昨夜の出来事か……それとも今が夢なのか。
どちらかも分からないまま、家へ向かい夜道を歩く。
「おかえりー!」
ドアを開けると、仕事が休みのカエデが、当たり前の様に待っていた。
勝手な勘ぐりで、朧気だった俺の意識を、その事実が現実へ引き戻す。
「ちょっと、どうしたの?」
無言でカエデを抱きしめた。現実を確かめるために。
「明日は早出だから、一緒に出ようね」
食事を終え、風呂上がりにカエデが言った。
俺はバカだ。
もしも他に男がいるのなら、カエデは何の目的でここにいるというのだ。
きっとあれは夢だったに違いない。
「あっ、メール」
振動していた携帯に、カエデが慌てて飛び付いた。
俺を押しのける様に。
「も~、リコったら~」
嬉しそうに返信しているカエデ。
「同僚のリコがね、彼と別れるから、誰か紹介してって」
苦笑いしながら携帯を閉じる。
「まあ、ナースやってると、出会いはなかなか無いからね~」
携帯をテレビの横に置き、カエデは髪を乾かし始めた。
カエデが携帯を開けた瞬間。
俺は見た。
ハートマークの受信ボックスを。
あれは夢じゃない……。
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