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根岸さんの勤める会社は、俺が担当している。
根岸さんは総務部に所属していて、たまに物品の受け渡しで受領印を押してもらいがてら話をする程度の間柄だ。資材などの受注はメールだし、込み入った話は役職つきの人とすることになる。
要するに、接点があまりないのだ。だから今日偶然飲みにこれたのは、俺にとって本当にラッキーな出来事で。営業など関係なく、震えるほど嬉しい。
なぜなら、俺はずっと彼に片恋をしているから。
「仲西さんて、女の子にもてるでしょ」
「俺ですか? そんなことないですよ」
「謙遜しなくていいですよ。片えくぼができるとことかかわいいし、こう母性本能擽るというか……草食系男子というか……女の子が好みそうな顔してますよね」
「なんですか、それ」
思わず苦笑いをしてしまった。確かに男らしいと言われた記憶はない。しかしこれは……褒められているんだか、いないんだか……。悪気はなさそうだが、微妙な発言だ。
「根岸さんこそもてるでしょ? も高いかっこいいし……」
「いやいや、もてませんって。現に彼女もいないですしね」
「……そうなんですか……」
だからといって俺が恋人になれるわけでもないのに、それでも嬉しい。頬が緩みそうになるのを、根性でこらえる。
それはさておき、根岸さんは文句なしにいい男だ。清潔感のある真っ黒な短い髪、二重で切長の瞳は涼しく、すっと鼻筋が通っている。薄い唇は男の色気がある。背も高いし、均整のとれた引き締まった体型をしている。典型的なモテる男のタイプだろう。
低く落ち着いたテンポの話し方は耳に心地よいし、何より屈託のない笑顔はとても優しくて……俺には眩しすぎる。
……惚れた欲目も多少有るかもしれないが、それを差し引いても男前だ。
「……何か?」
「えっ……。いや、別に……。あっ、ビール頼みましょうか」
「ええ」
無意識に根岸さんを凝視してしまったようだ。やばい、気をつけないと。せっかく少し親しくなれたのに、この関係を壊したくない。
思いが叶うことはないとわかっている。多くを望んではいけない。このラッキーでで満足しなければいけないのだと自戒する。
「たばこ、吸ってもいいですか?」
根岸さんが俺に断りを入れる。
「ああ、どうぞ。俺も吸うんで」
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