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気付けば散らかっていた書類には血飛沫が飛び、フローリングには傷から溢れた赤で小さな血溜まりが出来ていた。
刻まれたたくさんの擦過傷からは未だ止むことなく血液が溢れ続けている。
私はなんて醜いんだろう。
「……なんで」
こんな歪んだ考えしか出来ない自分がほとほと嫌だった。もっと胸を張って、自分の想いを誇示したかった。こんな卑屈なやり方など、望んでいないのに。
でも、貴方の瞳に他の女が映っていることが心底憎かった。
感情はコントロール出来ないくらいに、あの女によって、ずたずたに乱されていた。
どうして、私じゃダメなの?
こんなにも愛しているのに。あの女にも、世界中の誰にも。先生を想う気持ちなら負けない。
貴方は、私を見つけてくれた、大切な存在だから。
ひとりは、怖いの。
――誰か。
涙がこぼれた。
目尻からぼろぼろと溢れ落ちる雫は瞬く間に視界を濡らし、降り注ぐ夕陽の赤光はまるで手首から溢れた血のように見える。
広がっていく滲んだ紅は、なんだか世界の終わりに思えた。
でも別に構わない。先生の世界に、女としての私がいなくなってしまうのならば、こんな世界なんて要らない。先生と生徒だけの間柄に興味も湧かない。
握り締めたカッターナイフを、左手首に深く食い込ませる。躊躇いもせずに何度も何度も切り付けた。
刃先に滴る血液。
「あぁぁあぁあぁああぁっ!!」
絶叫する。喉が枯れるくらい、声帯が潰れてしまいそうなほど。痛みも愛情も憎悪も後悔も、私の中で唸りをあげている感情の群れを、全て混ぜ込んで吐き出す。マーブルようにひとつにならない思いの塊を、全て吐瀉する。
「……私、なにも……っ」
口腔から一切の息がなくなるまで、ずっと。ずっと。
狂った感情を、吐き出す。
「なんにも……っ!」
顔を手で覆う。洟が詰まって血の臭いはしなかったけれど、生暖かい液体が顔に触れた。ぬるりと気持ちの悪い感覚。
私は、胸に燻るこの感情を何一つとして先生に伝えていない。こんなに想っているのに、ちゃんと口にしなかったことを後悔した。自分を呪った。
私のそばにいてくれることに、感謝すらしていないのに。
生徒の力になるのが教師の役目で、貴方もそれに従っただけかもしれない。
でも、例えそうだとしても、貴方だけは私をちゃんと見つけて、そばにいてくれた。
――ひとりは、いや。
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