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真っ白の病室。開け放した窓からは肌寒い冬の風が吹き込んで、ばさばさと純白のカーテンを揺らしていた。時折、血を思わせる真っ赤な斜陽が差し込んでいて、脳内にあの日がフラッシュバックする。
もう何回繰り返しただろうか。何度後悔しようと時計は左に回ることなどなく、幾度と自らに贖罪の刃を突き立てようとも、結果は何一つ変わらない。
幸せを壊したのは、自分だ。
「身体に障るから」
そう言って窓を閉めるために立ち上がる。パイプ椅子が軋む音が白と赤の混じった世界に溶けた。
ふたりだけの、静謐な世界を切り裂く無骨な音に、僅かに顔をしかめた。
「大丈夫なのに」
「大丈夫なわけないから」
ベッドからそんな反論が飛んでくるが、気にせずに窓を閉める。金属同士が擦れる音は耳に嫌な残響感を残していく。何度もこの音を経験しているはずなのに、なぜかこの音は慣れない。
耳障りな、金切り声にも似た金属同士の歪な悲鳴。
他のことは全部慣れたのに、どうしてこんな些細なことだけ慣れないんだろう。
焼け付くような心の痛みも、怒涛の如く押し寄せる淋しさにも、もう慣れることができたのに。
「暗くなっちゃいましたね」
外の明かりがカーテンによって遮られると、言葉の通り、一気に部屋からは生きた明かりがなくなる。
ぼんやりと病室を包む無機質な白。ここは個人病室のため、まるで外界から隔離されたような錯覚にまで陥る。ここに自分ひとり放置されると考えると恐ろしくなった。
「大丈夫。明日もまた来るから」
「どうしてそんなによくしてくれるんですか?」
放たれた言葉に、やはり固まってしまう。何度も聞かれているのに、未だに上手い嘘が見つからない。
自分に使われる敬語の違和感と計り知れない罪悪感に、押し潰されそうになる。
ごめんなさい、と声帯が引き千切れるくらいに叫びたい衝動に駆られる。本当に死にたくなる。
「何度もお聞きますが、どこかでお会いしましたか?」
「……それは」
言葉に詰まる。
はっと思い、左の手首に付けた時計を見ると、もうすぐ十七時を回ろうとしていた。
まずい。
また、淋しくなってしまう。
また、罪悪感の芽を植え付けられてしまう。
でも心のどこかで喜んでいた。
ちゃんと自分を見つけてくれるから。
そう思うと、心が安らいだ。
そんな自分が憎かった。
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