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冬の日は短い。
十七時を回る頃になると太陽はその身を隠し、すぐに残照さえも消え失せてしまう。カーテンはもう閉めてしまったので外の明かりは分からない。しかしタイムリミットは確実に迫っていた。
「『それは』……なんですか?」
言葉を紡げない。
もう何度繰り返したのだろう。全てを吐き出して楽になってしまいたい。今すぐにでも駆け出してその体を抱きしめたい。
扉の取っ手を持つ手が小刻みに震えた。ステンレス製の取っ手は異常に冷たく、愚かな衝動を抱えた自分を鋭く戒めていた。
「……どうしたんですか」
「なんでも、ない……」
「……もしかして、悪いことを聞いちゃいましたか……?」
ベッドが恐る恐る声が飛ぶ。
どうして、こうなったのに、優しいのだろうか。不甲斐なくて涙が溢れそうになる。後悔と罪悪感の重圧に屈しそうになる。
左回りの時計があるのなら。
もう一度やり直せるのならば。
今度は間違うことなく、真っ直ぐに、紛うことなく、本当に自分を愛してくれている人を、選ぶことが、出来るだろうか。
幸せを壊したのは、自分だ。
「……本当、は」
背を向けたまま言葉を探す。
楽になりたい。愛し合いたい。間違い続けた自分には縁遠いことかもしれない。でも、今度は間違わないから。
だが――想いは、愛情は、決して届かない。何があろうとも、伝わることなどない。空虚に掻き抱く感情は想いを募らせ、届くはずない愛は自らの心に深い傷跡を残して。
それでも、構わない。
これは罰だ。自分の罪だ。
都合が良すぎるんだ。自分は。あれだけ傷付けて、想いをふいにして、突き放したのに、いざその真意に気付くと、掌を返したみたいに献身的に尽くして。
本当に愚かで、ばかだ。
「……なんでもない」
そう言うと扉を開けた。
やはり今日も逃げ出そう。
このまま時間を潰せば、また淋しくなるだけだから。叶いもしない愛を、求めてしまうから。
例え今日逃げ出しても、あなたは気付かない。
だって、太陽が出ている間に蓄積されたあなたの記憶は、日が沈めばなくなってしまうから。
あなたをそんな体にしたのは、紛れもなく、私。
罪悪感から逃げ出すように、私は病院のドアを潜った。
「さよな――」
「待って、亜美」
振り返る。あなたの笑顔。
罪悪感と、とめどない愛。
左の手首が、ずきりと痛んだ。
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