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私は山腹に落ちていく秋の陽を見ながら、しかし祈りの姿勢は決して解かない。胸の前で己の指を強く握る。そして、神様に、ありったけの呪いを籠めた。
なぜ私たちを、先生と生徒だなんて関係にしてしまったの?
――どうして。
「先生……貴方、は」
だが、声に力は籠もらない。
久方ぶりに訪れた先生の部屋はこれまで見たことがないくらいに散らかっていて、しばらく片付けが放置されていた様がまざまざと見て取れた。
独り暮らしの男性の部屋をそのまま表現したような空間には、甘く芳しいミルクティの香りと――忌まわしい、あの女の臭いが、我が物顔で漂っていた。
「私だけのだった、のに」
部屋に充満したミルクティの甘い香りが鼻腔を通る。そして先生の使っている香水――先生のイメージにぴったりな、雨上がりの陽射しを彷彿とさせる――HEALING SQUALLがそれに混ざって、何とも言えない不思議な香りがした。
それが大好きな先生の匂い。私のお気に入りの匂いであり、大切な思い出の匂い。
ふたりで過ごしたこの狭い部屋の匂いも、そんな心地良いはずだった、のに。
今は、あの女の臭いが堪らなく強烈に媚びり付いていた。
支配者のように、のうのうと。
あの時のような、勝ち誇った笑みを浮かべたまま。
生の、臭いがする。
時折感じるくぐもった臭いに吐き気を催す。HEALING SQUALLに、あの女が使用していたECLAT D'ALPAGEが混ざり、それに溶けるふたりの淫靡な――。
そこまで考えたところで反射的にえずいてしまって粘ついた思考を中断した。口の中に胃酸のすっぱい味が広がって、臭いと相乗作用。尚のこと気持ちが悪い。
部屋に媚びり付いた彼らふたりの臭いは私の感情を乱し、堪らなく苛立たせた。
あの女のことを考えるだけで、私の心がどんどん荒んでいく。ザラついていくのが分かる。
憎い。
憎い憎い憎い。
憎い憎い憎い憎い!
憎い憎い憎い憎い憎い!!
殺したいほどに、憎い。
私の腕の中にいた、私だけの先生を、何食わぬ顔で奪っていったあの女が、堪らなく憎い。
「死んでよ」
組んだ指に斜陽が降り掛かる。光は私の腕を赤に染めていた。こうしていると、私はまるで供儀のよう。
でも、あんな女のために死ぬのはごめんだ。
だから私は、先生のために死ぬのだ。
愛しい愛しい、貴方のために。
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