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『なんて幼稚なのかしら』
ミルクティのように甘ったるい声が脳内で再生された。あの女を少しばかり思い出すだけでも、溢れてくるドス黒い感情の渦を抑えられない。意地汚い憎悪が奔流し、この身を支配していく。
色素の薄い髪も、いやらしい瞳も、先生を誑かした唇も、先生とまぐわった体も、私のお気に入りのDIAMOND DROPを卑下した声も、私を子どもだと馬鹿にした表情も――全てが憎い。
『本当に子どもね』
「……うるさい」
『あの人は貰っていくわ』
「黙れ!」
脳内であの女が嗤っている。
私は両手を振り乱して叫んだ。怒りで擦れた叫び声は荒れた部屋に反響して消えた。
肩を大きく上下させながら、息と共に苛立ちを吐き出す。
――憎い。
あの女によって生まれた憎しみは、私の心を黒く醜く変わり果ててさせていく。
深淵に似た憎悪が血液に溶けて混ざって、まるで電流みたいに全身を駆け巡っていく。
指先がぴりぴりと痺れる。かすかに震えるその指は、まるでその体に肉を食い込ませる相手を探しているようで。
――あの女。
あの女を殺してしまえ!
脳内の私が断末魔にも似た叫び声をあげている。衝動が襲う。
左の手首の傷が疼いている。
哭いている。
――それでも。
知っているでしょ?
私の中に残った僅かな理性が、沸き上がるの衝動に呼応するように悲鳴をあげた。悲痛な声音で。
脳内で生きる私が叫ぶ。
泣いている。
私じゃあ勝てないの。
あの女と一緒にいる間、私には見せてくれない表情をたくさん浮かべていたのを見てしまった。
どうしようもなく幸せそうで、私に触れられないくらい遠くにあって。絶対的な虚無感と無力感に苛まれながら、私ではまるで敵わないと悟ってしまう。
あの人が幸せなら――。
私は、それでいい。
そう自分に言い聞かせる。あの幸福で満ちた笑顔を、遠くから見つめているだけでいい。それだけで私は満足出来るから。
第一、最初から理解した上での恋愛だった。先生と生徒。覚悟はしていた。叶うことのない望み、果たされることのない願いだと、思っていた。はず、なのに。
何一つ忘れられない。
頭を優しく撫でてくれた時のことを思い出す。かわいい、と褒めてくれた時のことを思い返す。
幸せだった。温かかった。狂おしいほどに好きだった。言葉に出来ないくらいに愛して――いる。
愛して、いる。
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