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とくん、とくん。
心臓の鼓動が速くなっていく。貴方のことをちょっと考えただけで、私の黒く濁った脳髄は蕩けそうになる感覚に襲われる。
こんなにも、強く強く、貴方に焦がれている。愛している。
私を、ちゃんと見てくれた人。
諦められる、はずがない。
どろどろと澱んだ愛情が、私の一切の感情を塗り潰していく。
分かっているのに。私と一緒にいることで、先生には幸せになってもらいたい。でも、先生が選んだのは私じゃないから。
流れる感情の合間を縫って、堪え難い諦観に見舞われる。
焦がれる想いと冷めきった淋しさ。痛いほどの現実と拭いきれない夢幻の間で私は葛藤した。
好きなのに、愛しているのに!
まるで夜空に蒔いた銀砂のように、貴方は遠い存在で。どんなに手を伸ばしても決して届くことのない美しい星。掴むことの出来ない儚く淡い夢の塊。
でもそんな遥か彼方から貴方は私を見つけてくれた。
愛してる。
貴方を、誰よりも。
愛しているのに。
どうして。
私を見てくれないの?
もう一度、見つけてよ。
お願いだから。
――誰か、私を。
「あああっ!」
私は文房具やら書類やらが積み上げられた机を引っ掻き回す。ただでさえ汚い机周りが更に散らかる。数十秒机と格闘し、引き出しの奥に置かれていた真新しいカッターナイフを見つけだした。
赤い柄を握る。貴方が触れたものに触っていると考えただけで私はひどく満たされた。
「先生」
手首に刃を当てる。
ひやりと金属の冷たい感触が肌に伝わる。鋭利な刃がずぶりと皮膚に食い込んでいくのが分かる。
焼け付く痛み。
線を引く。じわりと赤色が軌跡となって滲んだ。傷口から溢れる赤は腕を伝って肘にまで届く。
焼け付く痛みは増え、広がる。
先生のことを絶えず考えながら手首に数多の軌跡を残していく。
赤が、増していく。
「愛してる」
皮膚を裂く感触は痛みが混ざって、でも脳内には先生の優しい笑顔が、私だけに向けられている。深い恍惚感にずぶずぶと浸る。
こうして傷を付ければ、またあの頃のように私のことを心配してくれる。私のことだけを愛してくれる。ちゃんと私を見つけてくれる。先生。先生。先生!
澱んだ血液。
赤が飛散する。
大好きだよ愛してるよ。
こんなにも、愛してるよ!
だから私を見てよ!
お願い。
お願い、だから。
ひとりに、しないで。
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