せめて、人の人による人のために

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「祈りたい」 黒の男は、ただその一言だけ、呟いた。どうぞ、と神父が言った。 黒の男が、張り付けにされた男の彫像の前に跪き、胸先で十字を切る。手馴れていた。手馴れているということは、つまりそういうことなのだろう。 「どこか、遠い地からいらっしゃったのですか?」 「何故、そう思う?」 「この地では、あまり見かけない顔だったものですから」 「この地には、神父に顔を覚えられるほど罪を重ねた人間ばかりが、住んでいるのか?」 まさか。神父が笑う。黒の男は、一度も神父を見なかった。
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