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「しばらく、祈りたい。時間をもらって良いだろうか?」
「構いませんよ。荷物はいかがいたしますか?」
「そこに置いておいてくれて構わない。そういうわけにも行かないのだろうが、粗相を働くつもりは無いので、構えなくても、良い」
わかっていた。過去の、こんな風に彷徨える者達が、この場で粗相をしでかしたことは、一度も無い。
張り付けにされた男の彫像は、ただそこにあるだけで、一切合切の悪事を、抑止する。
「では、せめてこちらでお預かりしておきましょう。己が物品を、地べたに投げ出すものではありませんよ」
「それに触るな」
ガチョリ、と音を鳴らすリュックを持ち上げるのと、黒の男がそれを呟いたのは、同時だった。
「それに、触るな」
「……これは、失礼をいたしました。大事な物でしたか」
命だ、と黒の男が言った。そうなのだろう。
「とはいうものの……さて、困りましたな」
「そこに置いておいてくれて構わないと言っているだろう。言葉がわからないのか?」
「いいえ、そうではありません」
やはり、神父はリュックを持ち上げると、男の目の前にまで持って来る。
「触るな、と言った」
イライラはしていなかった。ただ、この時になってようやく、黒の男は神父を見た。
澄んだ、瞳だった。澄んでいるだけに、そのギラギラと光る輝きが、鋭い目蓋と合わさって、尚更に威圧を醸し出す。
神父が今まで見てきた罪人の中では、比較的美しい部類に入る瞳だった。整形は、”まだ”していないのだろう。
「主は、このような物騒な物を好みません。私は気にはしませんがね」
目蓋が、上がった。瞳孔が膨れ上がるのが、目に見えて判る。
「こんな深夜に、全身黒ずくめの、背の高い男が、金属音のするリュックを鳴らして、懺悔に赴く」
神父は、終始黒の男を見つめていた。黒の男は、驚くでも激昂するでも無かった。ただ、再び張り付けの男に向き直ると、やはり跪いた。
「私は、そんな光景に、ちょっとした夢を見てしまうのですよ」
「そうか。夢は、夢なのだろうな」
律儀にも、黒の男は返答した。
男は、殺し屋だった。
リュックの中身は、分解した狙撃銃である。
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