せめて、人の人による人のために

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夢のつもりで聞いて欲しい。 黒の男がそう持ちかけ、神父はそれを了承した。既に深夜の三時を回っていた。ステンドグラスから差し込む月明かりが、パイプオルガンを幻想的に輝かせる。 「人を、殺した」 「ええ」 「何人も、何人も。両の手の指では、数え切れないほど、殺した」 「ええ」 「二十人を越えたところで、数えるのを止めた。それからは、日数を数え始めた。『今日で殺し屋を始めて何日だな』と、そう数えるようになった」 一呼吸、待った。 「……今日で、丁度三千日目になる。一ヶ月殺さないこともあれば、一日に三十人を殺したこともあった」 「戦争、ですかな?」 「殺そうと思ったことは何度もあったが、殺されそうになったのは初めてだった。……恐ろしかったよ、いつ死ぬかもわからないまま二十四時間を耐えるのに慣れるには、長い長い時間が必要だった」 背後には、張り付けの男の彫像があった。こちらを、見下ろしている。 「何故、祈りを?」 「殺す時に、標的の生涯を、振り返らなくなったから」 黒の男は、リュックから何かを取り出す。鉄だとばかり思っていたそれは、木製の筒のようなものだった。次から次へと、黒の男はリュックから木製の何かを取り出し続ける。 「これが、何だか判るか?」 「……狙撃銃?ですな。いやはて……狙撃銃に弾倉?」 「よく知っているじゃないか」 狙撃銃だと判ったことではない。狙撃銃に弾倉があることが不自然であることを知っていることに、感心した。 「厳密に言うと、狙撃銃ではなく小銃。ボルトアクションライフルだ。こいつは新型で、メートル単位で尺を測ることが出来る」 最も銃など詳しくは無いからわからんが、と、黒の男は付け加えた。殺し屋が銃に詳しくないことが、神父にはひどく滑稽に思える。 黒の男が、銃を組み立て始める。まるでパズルのように、ガチャガチャと器用に組み立てる。背後で、張り付けの男が見下ろしている。 木製の筒だったものが、やがて、この世で最も野蛮で蛮勇なその姿を現した。 意識してかどうかは解らないが、肩にかけた銃のその銃口は、張り付けの男の心臓を指し示していた。
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