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彼はそのありふれた常套句を額面通りに信じきっており、自分は必要とされているの一点張りで、我を押し通したのである。
結果、彼は何とか就職に成功したのだった。
ただ、後がいけなかった。
これまた流行の「怪人・食品偽装男」が世の中を騒がせていた頃、彼は怪人が会社にも魔手を伸びている事を知ってしまったのだ。
上司さえもその毒牙に掛かり、新入社員達にまで悪の気配が迫って来た時、彼は持ち前の若々しい正義感で敢然とそれに立ち向かった。
筆舌に尽くし難い死闘の末、彼の活躍によって、辛くも一つの会社に蔓延る怪人は撃退される事となる。
だがそれは、自らの命と引き換えに繰り出した捨て身の必殺技によって、だ。
命を賭けた活躍の結果がニュースで報道される様を、彼は仕事上がりの旨いビールでは無く、震える右手に税金督促状を握り締めながら眺める羽目となった。
かつての友人達と再会したのは、離職手続きと、税金の免除と、猶予申請の窓口で、である。
クールビズでネクタイを外した友人は、こう言った。
「お役所も、経費節減の角で空調の効きを良く出来なくてね。お客さんも俺達も汗だくさ」
世知辛い世の中である。
さて、会場となる役所の廊下に来てみれば、皆考える事は右向け右らしく、そこには長蛇の列が形成されていた。
彼の面接の順番は最後尾。
「フフフ……ヒーローは忘れた頃に現れるッ!」
よく響く声で雄叫びをあげるヒーローは、天災と同列なのだった。
お役所も、これ以上室温を高めるような男はお呼びで無いらしく、急場の強制労働でお疲れな面接官達は、ここでようやく姿を現した。
彼らには本来の仕事が山積みであるはずなのだが、人手が廻ってこない以上、蟻の行列の如き面接希望者達の群を放置しておく訳にもいかないのである。
彼らの上っ面だけの笑顔は、少し突けば簡単にメッキが剥がれてしまいそうな位、ガチガチに固く安っぽい物だった。
例によって、ヒーローはそんな瑣事など眼中に無かったのだが。
……頭の中でメビウスの輪のように捻れてループする正義の思考のせいで、気がつかなかっただけともいう。
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