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ヒーローは戦場へ舞い降りた。
冷静に戦況を見通そうと、彼は五感を研ぎ澄ます。
名こそ職業安定所から〝こんにちワーク〟へと読み易い物に変更されてはいたが、ここは各社が送り込んだ精鋭揃いの猛者達が、僅かな安住の地を奪い合う為に血肉を削って争う最前線の激戦区。
見よ。
戦士達が背水の陣とばかりに、殺気だった瞳でパソコンモニターを嘗め回す様を。
熱気が発汗を誘発し、体は緊張を解すべく小刻みに震えているではないか。
「彼等一人一人が、生活を、家族を、そして未来を背負ったヒーロー達だ。しかし、俺もまた唯一無二の者ッ!」
彼は、自身を類稀なるヒーローの素質秘めた男だと信じて疑わない。
老若男女、戦士達に年齢性別なぞを問うのは無粋の極み。
ヒーローにとって大切なのは、見てくれではなく魂なのだ。
故に彼等の装いもまた、千差万別である。
髪も長短混じり、フォーマルな正装の中にはカジュアルな戦装束も目立ち、スカートの丈も長い物から短い物まで意匠を凝らしたものが多い。
「クッ、猛暑での発汗を逆手に取り、己の色香を引き立てて武器に昇華させるとは、見事……」
スカートの短い、彼好みの肉感的な美女に、ヒーローの両目は釘付けとなった。
これもライバル達を蹴落とす戦術だというのか。
……視線が交錯する。
美女が放つ、蚊さえも撃墜できそうな熱視線攻撃を受けて、彼はようやく金縛りから開放された。
ヒーローの熱い想いを含んだ視線は、どうやら先方に好印象を与えなかったらしい。
と、ここで彼は唐突に本来の目的を思い出す。
「危なかった……分かってはいたが、ここは敵地の真っ只中にして苛烈で無慈悲なる戦場。幻惑の罠に陥り未来を捨てるなど、ヒーローにあるまじき行為だぜ。喝」
額の汗を拭い、ヒーローは目的地を見据えた。
目指す相談窓口が果てしなく遠い。
そこへ繋がるのは、一本の蛇の道だ。
この遅々としてなかなか進まない行列を成す一人一人が、ヒーローにしてライバルなのであり、彼もまたその一人なのだった。
「ここはまだ三合目に過ぎない。水分補給には気をつけねば……」
エネルギーの残量には、細心の注意が必要である。
ここぞという時に必殺技を放てないヒーローに、一体どれほどの価値があるというのか。
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