陽のあたる坂道

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後ろに立っていたのは長身の女性。 おそらく二十代前半というところだろう。 その黒のパンツスーツと、後ろで一纏めにされた長い灰色の髪が目を引いた。 黒縁のメガネの奥に見える目は鋭く、不機嫌な色をしている。 これが獲物を見据えたキャッチセールスの販売員なのか。 恐怖に駆られた今の僕には、女性の持つ地図のような冊子すら恐ろしく思える。 「なぁ、頼みたいことがあるんだが」 僕に目を合わせ、女性はそう切り出した。 ここからどのように僕を誘い込むつもりだ? 下手なことを言って会話の主導権を持って行かれたらそこから始まるのは家庭崩壊。 慎重に話の流れを見定めよう。 「駅まで案内してくれないか? 実は恥ずかしながら、道に迷ってしまって」 案内……だと? もしや、案内→お礼に喫茶店でも→怖いお兄さん召還の流れか! ここで話に乗れば終わりだ。 この人はおそらくプロ、捉えた獲物は逃がさないだろう。 心なしか女性の喪服のようなスーツが僕の未来を暗示しているようだ! 「いえ、あの……その」 口ごもりながら、僕は焦っていた。 考えろ、考えろ僕。 何かあるはずだ、現状を脱する解決法が! 果たしてそこに行き着いたとき、僕は天啓を得たと、そう思った。 そして僕は叫ぶ。 状況を劇的に変える一言を! 「ク、クーリングオフ!」 時刻は四時二十三分。 住宅地に轟くその言葉に、目の前の女性は目を丸くした。
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