レンズに映るもの

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「藤乃?」  なぜか奇妙な印象を受けて、妻の名前を呼んで見る。隣の部屋は台所だ。もう料理を始めたのだろうか?だが妻がいる台所は壁を一つ隔てていて、そう簡単には音が漏れないはずだ。  チャッ、チャッ、チャッ、チャッ  ボールで野菜の水を切るような音が、また短い間隔で聞こえてきた。それはいつか友人宅で聞いた犬がフローリングを歩く音にも似ている気がする。 「藤乃、いるのか」  妻の返事はない。水切りの音が聞こえるなら、正紀の声が聞こえないはずはないのに、何の返答もない。    ――――シン  いつの間にか音は消え、風が止んだのか監視カメラの駆動音もしなくなっていた。  ――――――  静寂。  自分の心音すら聞こえてきそうな静謐さが、居間を席巻してしていた。はたして張り詰めたような無音が訪れていたのは何時の頃からだろうか。 「藤乃?」  おそるおそるガラスの扉に向けて呼び掛けてみる。  返事は、  ――――ない。  太陽の光がカーテン越しに居間を照らしているが、どこか寒々しい。凍ったような静寂と相まって、まるでサイレント映画のようだ。 「……藤乃、いない、のか」  無粋にすら感じられる自分の声。吐息すら赦さないような、この静寂は一体なんなのだろう。
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