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「オヤジも秋正を見れば元気になるだろう」
孫が可愛いというという祖父の気持ちの例に漏れず、正紀の父も息子である秋正にはご執心の様子だ。それが妻と父とのぎこちなさを解消する潤滑油になればいいと思う。
が、
やはり妻は何も言わず、窓の外を眺め続けている。長い間結婚に反対されていたのが抜けない刺(とげ)になっているのは想像に難くなかった。それでも体裁を取り繕うだけの余裕はあるようだが、いずれ同居する事を思うと心労が重なるような思いだ。
その事に妻に聞こえないように溜息を漏らし、運転に集中する。
沈黙を旅に友にして、いくつかの角を曲がり、いくつかの信号を越えたところで、ようやく住むことのなかった新居に到着した。
息子を抱いて車を降りる妻を見届けて、ガレージ付きの車庫に車を入れる。
二時間ぶりに吸う社外の空気と、田舎の雰囲気に酔いしれて鍵をかけると、ふと庭に妙な物を見つけた。
それは皿だった。
台形の形をしたプラスチック製の深い底をもった皿。それが、ぽつねんと庭におかれている。
庭は雑草が伸び放題になっていて、そこに不自然な印象を与えるプラスチック製の皿が、奇妙なほど真っすぐに放置されていた。動物の餌入れのような、あるいは子供が砂遊びで使うような皿だ。
ひどく場違いである。
「なんだあれ」
疑問に思い庭に足を踏み入れようとしたが、庭の雑草は思いの外に背が高く。冬枯れしはじめた草が群生していたので、そのまま入ることを躊躇(ためら)ってしまう。
「アナタ、鍵を開けてくれない」
どうしたものかと思っていると、玄関の方から妻の呼ぶ声がした。
そういえば鍵を預けていなかった。きっとチャイムは鳴らしたはずなので、父は留守にしているのだろう。
「いま行く」
非力な妻に息子を任せたままだった事を思い出す。正紀は不可解な皿のことを頭から追い出し、かじかみだした指で鍵を探しはじめた。
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