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眞子は海外からワインを仕入れる仕事についていた。仕事柄、現地(眞子は主にヨーロッパ担当)の時間に合わせてスケジュールを組むことが多いため、仕事から上がるのが遅くなる事はザラである。
今日も同僚のささいな仕事上のトラブルで先方に迷惑をかけ、同僚ともども上司にこってり絞られ、帰路に着くころには深夜になろうとしていた。
「ああ、疲れた。大体、なんで他人のミスで私まで怒られるの?訳分かんないよ」
ぽつぽつと外灯がともる夜道をぶちぶち愚痴りながら歩く、もとより閑静な住宅街はこの時間になると人とすれ違うことすら稀だ。24時間営業のコンビニなども少なく、夜は……ひどく深い。 夜の一人歩きは危険であるとは思うが新入社員である眞子には金銭的な事情によりやむをえない場合だってあるのだ。たとえば今日のように。
駅から歩くこと十分、ようやく眞子はマンションの前まで辿りついた。 正直もうクタクタだった。早く帰って熱いシャワーでも浴びたい。
「あれ?」
オートロックの扉を開けるためにバッグの中からキーケースを取り出して、ふと顔を上げると眞子はその顔を翳らせる。マンションのゴミ置場、青いポリバケツの横に見知ったモノが落ちていたのだ。
朝も見た、あの黄色いバッグだった。
「あれ、変だな。置きっぱなしだ」
マンションから出るゴミは、マンションの管理人が専属の回収業者を雇っているので、曜日ごとに決められたゴミ以外でもある程度は引き取ってくれる。小さいとはいっても、あんな目立つ場所に落ちているバッグを見逃すのは不自然だ。
「仕方ないなー」
見てしまったものはしょうがない。そもそも気になったら放っておけない性質(たち)なのだ。
キーケースをスーツのポケットにしまい、ゴミ捨て場に行ってバッグを拾い上げる。
「なにこれ、濡れてるじゃない」
ここニ、三日は雨など降っていないはずなのに、なぜかバッグはしっとりと濡れている。だがそのまま手を離しても片付かないので、バッグを手にしたままゴミ箱に近づいていく。
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