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いおりちゃんだ、名前は忘れない。あの着物、毎年成長していない小さな体、間違いない。
目が合った瞬間、いおりちゃんは逃げ出した。
「待って!」
いおりちゃんを追いかける。僕を呼ぶ声が聞こえた気がするけど…その声に応えるより、いおりちゃんを追いかける事の方が大事だった。
いおりちゃんはどんどん逃げる。でも、僕はもう六年生だ。あの時とは違って、簡単に追いついた。
「どうして逃げるの?僕はありがとうを言いに来たのに…」
いおりちゃんの腕を掴んで、僕は言った。
いおりちゃんは目を伏せる。一瞬ドキッてしたけど、今はそんな場合じゃない。
「ごめんなさい…こわかった」
「怖くなんかないよ!」
何が怖いのかも分かってなかったけど。
「ずっと話しかけられなかったのも、お母さんとお父さんが怖くて…」
「やっぱり、おとな、こわい?」
「あっ…いや、つまり」
「おとな、こわい、いっしょだね」
いおりちゃんは元気になった、でも、なんだかすっきりしない。何かが違う…それが何か分からなかったけど、気がつけば僕は、感情のままに叫んでしまっていた。
「怖い大人なんていないよ!」
両親を悪く言われたのが嫌だったのだろう。僕はそう言ってから、しまった…と思った。
いおりちゃんは泣きそうになっている。
「ごめん、そんなつもりじゃ…」
「わたしがわるい…ごめんなさい」
「待って!」
いおりちゃんはいなくなった。空気に溶けるように消えてしまった。
それからずっと、いおりちゃんに会っていない。いおりちゃんに何があったのだろう、僕は何をすればいいのだろう…?気がつけば、いおりちゃんの事で頭が一杯だった。それは確かに、恋だった。
十八歳、初詣。今日は一人で来た。
これまでの初詣は、誰かと必ず一緒だった。でもいおりちゃんは、僕が一人の時に現れた。だから、今日は一人で来た。
「いおりちゃん?いるんだろ?僕は一人だよ!」
例の竹林に入り、大きな声で叫ぶ僕。…返事の代わりか、風がざわめいた。
「いおりちゃん!話をしよう!いおりちゃん!」
「なに?おじさん」
いおりちゃんの声。僕のことをおじさんって言った…それもそうだろう、昔の十八歳はもう「大人」だ。
「僕は大人になってしまったんだ、だからごめんなさいを言いたいんだ!」
僕は叫んだ。いおりちゃんに会いたい。そして謝りたい。
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