仙人掌

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仙人掌

 パート練習中、先輩と波長が合わず、気まずくなった。ぼくはそれが自分のせいじゃないことを主張してしまう。それから、結構長いこと、孤独が続いている。それに追い打ちをかけるかのように、ただ一人の理解者であるあいつがウイーンに留学してしまった。  自分の心にぽかんと開いた寂しさを粉らすため、あいつからもらった新型携帯で小説をダウンロードして、読んだ。リハーサル室の壁に背をもたせ掛けて、活字を目で追う。あいつが文庫本のページをめくる姿を思い出しながらぼくも小説を読む。いくつかの言葉が、哲学が、愛がぼくの中に降り注ぐ。物語の合間に、ぼくとあいつの日々が浮上する。潤、君は才能がある、とあいつは練習後、言った。  でも、才能があることをどこかで知り尽くしているようなところが面白くない、それにすぐ怒る。なのに、怒っているくせに、次の瞬間、振り返った君の顔は笑ってたりする。怒らせちゃったかな、謝らなくちゃって思っている私を呆れさせるほど、ピュアな笑み。茶目っ気があって、優秀で、申し分けのない青年だけど、頑固で、まっすぐで、変わっている。そんな君だから、この街に一人残していくのは心配なのよ――と言われた。  ちぇっ、ぼくの方が少し年上なのに、なんて生意気な奴だろう、と思った。でも、他人にそんなこと言われたことがなかった。「好き」以上になるかどうか、分からないうちに、あいつはウイーンに留学してしまった。  仙人掌の心、と別れ際、空港のロビーであいつが言った。  君はね、砂漠の仙人掌なの。みんな君に感心がある。君と仲良くなりたい。というのか、
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