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ぽつぽつと歩く自分に、少年は少し驚いていた
「・・・冬は苦手だな」
今は春だ
心地よい風もあれば
眠気を誘う太陽も顔を出している
皆が美しく咲き誇れる季節なのだ
それなのに
目の前にある蜜柑畑の中で佇む少女の瞳は
虚ろに空を見上げるのみ
少年は惹きつけられるように畑へ足を踏み入れた
少年が目の前に立つと、少女はぴくりと眉根を動かした
少年は訊いた
「そらが、好きかい?」
少女はなにも答えなかったが、微かに顎を震わせた
夕映えはその彩りを煌々と見せつけ始めたのに
少女はそれでも動こうとしない
やがて日は沈み、少し肌寒い夜気が辺りを支配し始めたが
やはり少女は畑を出ようとしなかった
少年は少し離れた場所に大きな楡の木があるのを見つけ腰を落ち着かせて少女を見ていたが
それはあまりにも異様
幻想と狂気の狭間に咲く紅の薔薇のようだと少年は思った
隻眼の少女は襤褸布を纏い、髪は白銀に染まっているのに
どうして薔薇のようだと感じたのだろうか
それは空を見つめる片方の瞳が炎を宿しているかのよう 爛々たる煌きを帯びているからだろうか
朝日が昇る頃、少年は結局眠る事はなく 少女はその場を動く事はなかった
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