懐かしの望遠鏡

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元樹は今自宅と学校とのちょうど中間点にいた。 山際の空はもうオレンジ色に染まり上空は夜が支配していた。 月が太陽の代わりとなり道を照らすようになるのも、もう時間の問題だろう。 田んぼの間を通るあぜ道の両側には電灯がない。 そうなれば当然足元が不明瞭となり危険が増す。 「だいぶ暗くなってきたな、足元もこえーし早く国道でねぇかな」 元樹の町に一本だけある舗装道路は目的地へは正確に言えば外れているが迂回する価値が十分にあると、元樹は判断していた。 それほどにもこの望遠鏡は守る意味があった。 しばらく無言で進み続けていると、とうとう最後のあがきのように、山の輪郭を照らしていた太陽の光が消えた。 当たりはなんの抵抗もなく真っ暗闇になった。 目が慣れるのにはあまり時間はかからないが、どことなく不安な、そんな曖昧な気持ちが心に疼いた。 「……おっ!光が見えてきた。 やっと国道かぁ。 今、7時23分だから……45分には着くか。これで少しは安心だな。まったく足が痛くなったぜ」 コンクリート道路の脇に設置されている、一本の電灯がぼんやり辺りを浮き上がらせている。 光に寄ってくる虫たちがこの時は同族のようで親しみを持てた。 「お空は晴天。降水確率は10パーセント以下、視界は良好、もう文句なしだな。星が綺麗だ。」 元樹は大事に望遠鏡を抱きながら夏の夜空を見上げた。 自分の心臓の音、泣きやみ損ねた蝉の声、風がまだ緑色の稲をなびかせる波を彷彿させるような音。 そんな『生』の自己主張が元樹自身も含めて、360度、全方位に溢れていた。 「……ずっと……変わってくれるなよ」 元樹はずっと空を見上げながら歩いていた。 この目にこの夜景を、いつもなら素通りするものだが、母校が今年をもって廃校になるからか、はたまた兄との懐かしい思い出が詰まっている望遠鏡を抱えているためか、それはわからなかったが 忘れたくなかった。 いや、 忘れてはいけない。 そう直感した。 満天の星空を見上げ感慨にふけりながら、他方、目的地に進みながら、一歩一歩確実に歩いた。
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