708人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
◎
事の発端は、冬将軍が出発の荷支度を始めた二学期の半ばに、学級委員長を務める絵に描いたような真面目君の並木に起こった変化であった。「将来は安全で健全な公務員が一番」と口癖のように言っていた彼の進路が、突如としてボディービルダーへと変更されたのである。訳がわからない。
休み時間に突入するなり五キロダンベルを両手に持ちトレーニングを始めた彼に冷ややかな視線を送っていると、「なぁなぁ」と八村が顔を覗かせてきた。
「やっぱお前も気になっちゃうだろ? 並木のこと」
「まあな」
そっけなく答えたが、内心では無茶苦茶気になっていた。だってそうだろう? 一体何がどうなれば公務員志望の真面目君の進路がボディービルダーに捻じ曲げられるというのだ。
「実はな、並木だけじゃねーんだよ。ボディービルダー目指してんの。最近になって異常に増えてんだよ。一年の大谷と遠藤に、同学年の西村。それに、三年の木下先輩と近藤先輩」
「そんなにいるのか!?」
「あぁ、こいつぁ穏やかじゃねえだろ?」
確かに穏やかじゃない。このままでは近々ボディービル部が結成されてあらゆる大会で結果を残し、うちの高校はボディービルダーを数多く輩出した有名校になってしまう。いや、流石に話が飛躍しすぎたな。
しかし、穏やかじゃないのは確かだ。わかっているだけでも並木を含めて六人。一体彼らの身に何が起きたというのだ。
「でさぁ、俺色々と調べた訳よ。そしたら見つけちゃったんだよ有力な情報。聞きたい?」
聞きたくない、と言えば嘘になる。だがこれまでの経験上、八村の話に首を突っ込むと面倒ごとに巻き込まれるのはわかりきっている。だが、わかっていたところで結局俺はまだ好奇心を押さえ込めるほど大人じゃない。悲しいことに。
「教えろよ」
諦め顔で言うと、八村は口を三日月のように吊り上げて歯を見せ、饒舌に自分の集めた情報を語り始めた。
最初のコメントを投稿しよう!