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「どうだ新入り、犯人らしき人物はいるか?」
「駄目です八村警部。それらしき人物は確認できません」
振られたボケに乗ってみた。俺が新入りで八村が警部という設定は気に食わんが、警部って呼んだの俺だし致し方ない。
「警部はこういった張り込みを何度も経験しておられるのですよね?」
「あたりめぇだろ。数え切れねぇくらいだぜ」
「流石です。私もいつか、警部みたいな立派な警察官になりたいです!」
「馬鹿野郎!」
「ひいっ!」
「目指すんなら俺程度で満足すんな。俺より上を目指せ」
「けっ、警部!」
涙目で感激する俺。牛乳のストローを煙草に見立てて吸い、透明な煙を吐く八村。しかしまぁ、何故こういう無意味なノリはこんなにも楽しいのだろうか。青春万歳。
◎
俺たちが三文芝居に飽きて次第に帰りたいと感じ始めた夕暮れに、妖怪筋肉ババアはその姿を現した。歩道橋の階段前で大きな風呂敷包みを地面に置き、困ったように階段を見上げている。出現時刻は多少ずれてはいるが、ほとんど噂通りだ。
ここから見る限りでは、鮮やかな紫の和服で着飾った小さなお婆さんだ。とても高校男児が持ち上げることすらできなかった荷物を片手で楽々持てる力があるとは到底思えない。
「新入り、お前はここにいろ」
「えっ、まさか! 早まらないでください八村警部!」
「なぁ、もし俺がボディービルダーを目指すって言い出しても、先輩として慕ってくれるか?」
「当たり前じゃないですか!」
「そうか……いい後輩に恵まれて、俺は幸せだったぜ!」
「警部ーーー!」
まだ続いていたノリ芝居。筋肉ババアに向かい駆けていく八村に、俺は涙まで流して手を伸ばしていた。案外いい役者になれるかもしれないと自画自賛してみる。って、そんな場合ではなかった。このままでは、まだ設立されていないボディービル部の部員数が一人増えることになる。いや、それ以前に八村には今のままでいてほしい。別にボディービルダーに偏見がある訳ではないが、ムキムキの八村なんて見たくない!
オンボロ原付の陰から飛び出し、勇敢にも筋肉ババアの風呂敷を一人で持ち上げようとしている八村の元へ駆ける。周囲を行き交う通行人が、老婆の荷物に手も足も出ない友人を横目に見てクスクスと笑っている。そんなに笑うならお前らも挑戦してみろと言ってやりたかったが、今は八村に助太刀するのが優先だと思いやめた。
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