筋肉ババア

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「手ぇ貸すぞ!」 「すっ、すまん」  既に汗だくの八村が礼を言うなり、俺は両腕を風呂敷包みの下に滑り込ませた。せーので同時に力を込めると、ようやく風呂敷はその重たい身体を地面から浮かせた。だが、そこまでが限界。二人がかりでもこれは重すぎる。それでも俺たちは強がって見せた。 「さぁ、お婆さん」 「行きましょうかぁ」  いかん、足がプルプルする! 腕が千切れそう! でも、ここで引いては男が廃る! 俺は何とかまだ気力で耐えることができたが、俺より前から荷物に挑んでいた八村はここで力尽きた。 ゴン!  落ちたのが老婆の手荷物だとは思えない音がした。  荷物の落下は、即ち敗北を意味する。俺たちは筋肉ババアに負けた。将来はボディービルダー確定。 「もういいよ」  精根尽き果てた俺たちに言うと、老婆は噂通り風呂敷をひょいと担ぎ上げ、歩道橋の階段を登っていった。俺と八村は、その逞しい背中を見送ることしかできなかった。 ◎  翌日。先に到着していた八村と教室で会うなり、俺たちは揃って同じ質問を投げかけた。 「お前、ボディービルダーになりたい?」  その問いに対し、お互いに首を横に振り答えた。俺たちは、何故かボディービルダーになりたいとは思っていなかった。確かに力は欲しいと思い、俺は帰ってから腕立て伏せに勤しんだ。まぁ、筋肉痛により十回程で断念したが。しかし、その程度だ。ボディービルダーになりたいとまでは思わなかった。 「どうなってんだよ八村?」 「わかんねぇ」  困ったように後頭部を掻きながら、八村は並木の席に近づき同じ質問をした。返ってきたのは、「将来は安全で健全な公務員が一番」といういつもの口癖であった。  その後二人で散々論議した結果、ボディービルダーになりたいというのはあくまで個々の意思だったということで俺が無理矢理落ち着かせた。ショックが大き過ぎる者はマッチョを目指すし、予め筋肉ババアの卑劣な罠を把握していた俺たちのような者には、精々筋トレを頑張ろう程度の効果しかないのだろう。  一週間後には、ボディービルダー志望は綺麗に一人もいなくなっていた。やはり一時的な感情に過ぎなかったのだろう。それでも「あれは間違いなく筋肉ババアの魔力だった」と、八村は反論を続けている。
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