父親

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ある晴れた日曜日 小学一年生になったばかりの能本敏博は、家の中で壁キャッチをしていた。敏博に友達が居ないわけではない。家には母がいて、父がいる。極当たり前の事のように思えるが、父がいると言うのがなかなかに珍しい光景だった。 家族構成は、父と母、姉が二人いて五人家族。2LDK借家住まい。部屋を持って居るのは一番上の姉だけであった。 敏博はリビングの隣の部屋で、タイガースの帽子をかぶり黙々と壁相手にキャッチボールをしていた 『あっ!』 壁に当てたゴムボールをキャッチしようと手を伸ばしたが、指先に当たり後ろに反らしてしまった。 『こらっ!なんしよんかっ!邪魔するなっ!』 激しい怒声が飛ぶ。運悪く、敏博の指に当たったボールは、リビングに跳ねていき、親父の机の上に転がっていた。その時はまだ、親父がどんな仕事をしているのか知らなかったが、一級建築士だったらしい。その日も家に仕事を持ち込み図面を書いていたところだった。 忙しくて、なかなか家には居ない。暇があるときには遊び相手になり、甘えさせてくれた。でも、炭酸だ、チョコレートだ、そんなものは体に悪い!そう言って食べさせて貰えなかった。しかし、全然苦にはならなかった。厳しく優しく雄大な、そんな父が大好きだった。 タイガースなんて知らない。野球に興味もない。選手の名前も一人も知らない。親父が好きだから構って欲しくて一人キャッチボールをしていた。親父に相手をしてもらいたいから野球帽をかぶっていた。 遊んで欲しいだけなのに・・・ その頃の親父は、会社を経営していたし、一番忙しかったのだろう。それが全てだったのだと思う。一度狂った歯車は簡単には治らない。ありきたりだが良く当てはまる。 仕事が忙しく、夜遅く帰ってくる。どうしてもそれは敏博が寝た後になってしまう。日常生活において、親父と顔を合わす機会はどんどん減っていった。 一ヶ月に一回、それぐらいの頻度で家族で出掛けることはあった。なかなか気乗りはしない。たまに父親面されるより、毎日そばにいて欲しかった。毎日あのデカい膝の上に乗り、親父の顔を見上げながら話がしたかった。 小学3年生の時、敏博は友達とスーパーで万引きをした。明らかに挙動不審だったのだろう。簡単に捕まって家に連絡が行き、母親が迎えに来た。泣きながら怒られた。家に帰り着いたが、反省しなさい!と、玄関から閉め出された。
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