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 次に聞こえて来たのは、嫌悪感の入り混じった、僕の陰口を言う親友の声だった。  僕は耳を疑った。心臓が強く胸を叩く。それは親友の声ではないのかもしれないとも思った。だがその声は間違いなく親友のもので、さらに追い討ちを掛けるように彼は僕に対する不満を繰り返した。その言葉が聞こえるたび、僕の感覚は現実から遠のいていく。やがて親友の声が消え、本棚が消え、埃の臭いが消えた。何も聞こえない。何も感じない。何も考えられない。ただ彼の言葉だけが頭の中で次々に反響し、強め合い、怒号となって全体に広がった。そこに立ったまま自分がどこまでも落ちていくのを感じた。  背筋を冷たい汗が伝う。知らないうちに唇を噛みしめていた。口の中に鉄の味が広がっている。唾を飲み込み、鼻から慎重に息を吸う。  そうして僕はゆっくりと再び現実へ引っ張り上げられた。目の前に無数の本が現れ、雨音が聞こえ、古びた臭いが鼻をついた。もう親友は出て行ったらしく、彼の声は聞こえなかった。念の為耳をすますと、けたたましく雨粒が地面にぶつかる音がする。僕は長い間その音を聞くことに没頭した。何も考えたくない。ずっとこのままでいたいと思った。
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