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朝晩の冷え込みが、日増しに厳しくなってきている。 十一月も後半に差し掛かったこの時分である、寒くなるのは当然だが、ついこの間までクーラーの世話になっていた柊は、いかんせん夏の気分がまったく抜ききれていなかった。 そのため昨夜もTシャツに短パンという季節外れの格好で寝てしまい、見事に風邪をひく羽目となった。 凍えるような寒さの中、今朝から緩みっぱなしの鼻をずびずびと啜りながら原付を走らせる。 「あー…さっび」 朝、出掛けに慌てて押し入れから引っ張り出した黒いダウンに、子供が付けるようなもふもふとした丸い耳当て、そして口まで覆うロングマフラー。 さらにはヘルメットそっちのけで被ったニット帽という出で立ちで原付に跨がるその姿は、擦れ違う誰よりも早く冬を先取りしているように見えた。 職場は、アパートからおよそ十キロほど離れた場所にある。 車であればどうということもない距離だが、原付で通うには少々遠い。 本格的に冬を迎えるまでに車を買わないと死ぬかもしれない、とは通勤の度に思うことだが、今日ばかりはマイカー購入計画に没頭できない理由が頭を占めていた。 今日は、愛する人の生まれた日。 付き合ってまだ間もないが、すでに結婚まで考えている相手を、柊は誰よりも愛しく思っていた。 啜るのを諦めた鼻水が風に靡く。 ちらりと横目で見やったメットインの中には、今しがた購入したばかりのバースデーケーキと、ささやかな贈り物が入っている。 (凛、喜んでくれっかなァ) 恋人の喜ぶ顔を思い浮かべるなり、でれでれと緩む柊の顔。 鼻水のことなどとうに頭になく、今やその顔は通行人が思わず二度見してしまうほど惨いことになっていたが、本人は至って上の空だ。 行き交う人もぽつぽつとまばらな、小さな駅を通過する。 このまま行けば、あと五分ほどでアパートに着くだろう。 しかし、はやる気持ちは抑えられない。 早く会って抱きしめたい気持ちや、喜ぶ顔を見たい気持ち。 プレゼント以外にも、サプライズは用意している。 五分なんて長すぎる。 そう思う柊の右手はさらにエンジンをふかし、黒い車体は法定速度をゆうに超えた。
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