洋子 ── 1990年

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「海が……見たいな……」 季節は夏になっていた。 母さんの運転する車の中で、あたしはかすれる声を振り絞って希望を告げた。 まだ夏休みにはなっておらず、そのせいか海岸に人気はない。 「洋子、見える?……海よ、海に着いたよ?」 「お母さん……これ、かけて。A面の……3曲目……」 モルヒネのせいか、朦朧とする意識の中、あたしは死んでいった奈々ちゃんから貰ったカセットテープを母さんに差し出した。 A面の3曲目には「世界でいちばん熱い夏」が入っている。 「きれいな海だね……お母……さん……」 もうあまり苦しくない。でも、何だかとっても眠い…… カーステレオから流れてきた、元気一杯の明るい歌声を聴きながら、あたしは静かに目を閉じた。
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